大判例

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徳島地方裁判所 昭和40年(わ)90号 判決 1965年8月16日

被告人 大野耕作

昭一六・二・九生 製材工

主文

被告人を禁錮四月に処する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は

第一  製材工として、勤め先の吉村製材所々有の貨物自動車を、運転手が差支えのあるときなどにしばしば代つて運転し、また以前自動車助手をしたことがあつて、たびたび自動車を運転した経験があり、自動車運転の業務に従事している者であるが、昭和四〇年一月四日午後八時四〇分頃その友人吉本幸男が運転してきた普通乗用自動車(徳五す六八―五八号)に、岸野茂、野村時也と共に同乗し、阿南市新野町から徳島市に向け出発したが、その後しばらく行つた処で、被告人が右自動車の運転を代り、同日午後九時二五分頃小松島市常盤町入舟五〇四番地付近を時速約六〇キロメートルでさしかかつたが、同所は阿南から小松島を経て徳島へ通じる国道から、東方和田島方面に岐れる道路が三叉路をなしている上に、右国道は右三叉路を中心として約四五度の角度で彎曲しているので、前方の見通しが悪く、また被告人は後記の如く無免許で運転技量が未熟でかつ右普通乗用自動車を運転した経験がなかつたので、このような見通しの悪い場所においては前方をよく注視して対向車や障害物の有無をよく確め、速度を落す等して避譲等の措置に万全を期し、もし衝突等のおそれが生じたならば、直ちに急停車し、ないしはハンドル操作をして避譲し、事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、前方をよく注視せず、対向してくる自動車はあるまいと軽信し、前記速度のまま右彎曲せる三叉路付近を一気に走り過ぎようとした過失により、折から徳島市より小松島市を経て阿南市へ行くため同所付近を時速約五〇キロメートル位で東に向つて走行してきた矢部豊次(当三七年)の運転している徳島タクシー所属の普通乗用自動車(徳五あ一九二三号)が対向接近してくるのを発見が遅れ、前方約一〇〇米位で発見し、急きよハンドルを左へ切ろうとしたが、前記高速のため右自動車が左側に浮き上るような状態となり、ハンドル操作の自由を失い、そのまま道路中央の白ペンキで書かれた通行区分帯を越えて反対車道に進入し、そのため進行してきた矢部豊次の運転する前記乗用車が停止ないし避譲する余裕を与えず、正面衝突の已むなきに至らしめ、よつてその衝撃により、被告人の運転する乗用車に乗つていた岸野茂(当二六年)に対して安静加療約一〇日間を要する顔面打撲並びに切創、同吉本幸男(当二〇年)に対して安静加療約一週間を要する顔面頭部及び両膝打撲並びに擦過傷、また、右矢部豊次の運転する乗用車の乗客脇山梅子(当二二年)に対して安静加療約二〇日を要する顔面打撲傷、歯牙一本亀裂の各傷害を負わせ、

第二  公安委員会の運転免許を受けないで、かつ酒気を帯びて(呼気一リツトルに付〇・二五ミリグラムのアルコールを体内に保有して)、前記第一記載の日時場所において、前記普通乗用自動車(徳五す六八―五八号)を運転したものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、被告人は自動車運転の業務に従事するものではないから単純な過失傷害罪であると主張するけれども、被告人の当公判廷における供述並びに検察官に対する供述調書及び司法警察員に対する供述調書の各記載を総合すると、被告人は六・七年前から勤め先であつた吉村製材所の自動三輪車もしくは普通貨物自動車を運転していたことがあり、後自動車に乗りたかつたため退職し、新野農協に就職し、トラツクの助手をし、その間トラツクの運転を練習していたが、さらに谷下組の土工となり、その当時無免許で小型四輪貨物自動車を運転し、谷下組の人夫等を乗せて工事現場へ赴く途中谷底へ転落事故をおこしその後再び前記吉村製材所に就職したが、同所には三台の貨物自動車があつたので、その車の出し入れや運転手がいないときには代つて右自動車を運転することがしばしばあり運転には自信をもつていたこと、また運転免許をとるつもりでいたことの事実が認められるから、反覆継続して自動車運転をなしていた事実を認めるに充分であつて、従つて自動車運転の業務に従事していたと認められるから、これに反する右弁護人の主張は採用できない。

なお、弁護人は、仮りに右のような事実が認められるとしても、それはすべて被告人の自供のみにもとずくもので、それ以外に何らの証拠はないから、右自白のみでは業務性の認定をなし得ないと主張するけれども、業務性の有無は本来身分犯における身分であつて、いわゆる実行々為にあたる致傷の事実について及び被告人の心理的事実を除いた注意義務の内容については、別に補強証拠がある以上、前記業務性の認定については必ずしも補強証拠を要せず、右自白が真実だと認めうるかぎりにおいては、この点については自白のみで認定することができると解すべきであるから、右弁護人の主張も採用できない。

(法令の適用)

被告人の判示所為中第一の岸野茂他二名に対する各業務上過失致傷の点は、いずれも刑法第二一一条前段罰金等臨時措置法第三条第一項第二条第一項に、判示第二の酒気帯び無免許運転の点は、道路交通法第六五条同法施行令第二七条同法第六四条に違反し、同法第一一八条第一項第一号第一二二条罰金等臨時措置法第二条にあたるところ、所定刑中判示第一の各罪の刑についてはいずれも禁錮刑を、判示第二の罪の刑については懲役刑を選択した上、以上各罪は同法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条本文第一〇条により重き判示第一の各罪のうち、犯情においても最も重いと認められる脇山梅子に対する業務上過失致傷の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で処断すべきところ、後記情状にかんがみ、被告人を禁錮四月の実刑に処すべきものとし、訴訟費用については刑事訴訟法第一八一条第一項但書を適用して被告人をして負担させないこととする。

なお、検察官は、本件起訴状の第一事実のうちで、「被告人は昭和四〇年一月四日午後九時四〇分頃、酒に酔い呼気一リツトルに付〇・二五ミリグラム以上のアルコールを身体に保有して、その影響により正常な運転ができないおそれある状態で、小松島市常盤町入舟五の四番地先道路を普通乗用車を運転した」旨記載し、罰条として、道路交通法第六五条、同法施行令第二七条、同法第一一七条の二第一号(起訴状に第一一七条一号とあるのは上記の誤記と認める)を掲記し、いわゆる「酒酔い運転」の事実を起訴しているのでこの点につき按ずるに、被告人が呼気一リツトルに付〇・二五ミリグラム以上のアルコールを身体に保有していたことは、判示第二の事実において当裁判所が認定した事実であるが、被告人が右アルコールの影響により車両等の正常な運転ができないおそれのある状態であつたことを認め得る証拠は存しない。即ち、道路交通法第一一七条の二第一号の「酒に酔い(アルコールの影響により車両等の正常な運転ができないおそれある状態)」とは、身体に摂取保有されたアルコールの影響によつて酔いによる注意力が減弱し、前方に対する注意が散漫となり、その他安全運転に対する判断力が低下し、そのような意識状態の下に運転を継続することは道路交通の安全に危害を及ぼし、交通秩序をみだす等の危険が予想し得る状態に達したことをいうものと解すべきであるから、単に同法第六五条同法施行令第二七条に定める身体内に保有するアルコールの量が、右法令に定められた化学的な数値を超えたという事実のみでは足らず、上述の危険が現実に具体的に証明されなければならない。このことは同法第一一七条の二第一号が「酒に酔い」と規定し同法第六五条の「酒気を帯びて」の運転と用語を区別し、さらに括弧内で「酒に酔い」の定義を規定している点と、同法第一二二条第一項が酒気帯び運転の特定の事例を、その酒気帯びのゆえに刑罰加重の原因としてのみとらえているのと対比すると、きわめて明瞭である。そこで被告人の所為は酒気帯び無免許運転(同法第一一八条第一項第一号第一二二条第一項)にあたることは判示第二において認定する通りであるが、さらに酒酔い運転(同法第一一七条の二第一号)にあたるか否かは、被告人が上記の如き精神状態にあつたか否かにかかるというべきであるから、さらにこの点につき考えるに、被告人の本件業務上過失は、無免許無資格による運転技量の未熟と、当該の自動車の運転の無経験から、事故現場の道路形状に則した該自動車の特性に応じた操縦をし得なかつた点に起因するものと解するのが相当で、右保有するアルコールの影響により、酒に酔つて前記のような前方注視の注意力が散漫となつたため矢部豊治の運転対向してきた自動車の発見が遅れたとか、その酔のために酒の勢にかられて判示時速六〇キロメートルの高速で運転し、かつ右事故現場において、判示正面衝突を避けるための適切なハンドル並びにブレーキ操作をなす判断力が低下しており、そのため適切な措置を講じ得なかつたとの事実を認めることができるような証拠は、本件記録のすべてを精査するも、これを見出すことはできない。

なるほど、同法施行令第二七条に定める身体内における最大許容量を超えてアルコールを保有するならば、その影響として通常酩酊状態を呈するであろうから、事故当時の運転状況と照合するときは、正常な運転ができないおそれあるものと明らかに推認できる場合も少なくはないであろうが、本来アルコールの体内に摂取され酔を発する状態は、各人の個人差が存するものであることは経験上顕著であつて被告人は平素酒を一升位飲んでも、酔つてわからないというような状態になることはなく、また、事故後のアルコール保有量の検知数は呼気一リツトルにつき〇・二五ミリグラムであつて、右数値をはるかに超えたものではない事実に徴すると、本件においては右一応の推定は必ずしも車両の運転の正常を害するおそれに結びつくものではなく、また、被告人が事故現場において時速六〇キロメートルで走行したことは自車を判示第一認定の如く浮き上らせる状態にし、適切なハンドル操作を困難にした根本の原因と解せられるから、それ自体無謀な操縦と言うをさまたげないけれども、そのような高速運転をなしたことが、被告人が酒に酔つていたため、酒の勢にかられてスピードを上げたと解せられる証拠はない。かえつて、被告人の運転する乗用車に同乗していた吉本幸男、岸野茂はいずれも被告人が起した本件事故の原因は被告人が運転技量が未熟であつた点にあり、酒の酔に起因するものではないと一致して供述しており、また被告人が阿南市新野町付近から本件事故現場まで相当長距離を約四〇分間にわたつて操縦走行してきた運転状況から推及しても、右吉本及び岸野の供述するように被告人は上記の如き意義における酒に酔つていたため正常な運転ができないおそれのある状態にあつたものとは認められない。

結局、被告人の所為は右保有アルコールの影響により自動車の正常な運転ができないおそれがある状態になつたとの証明が充分ではないから、右公訴事実については無罪であるところ、前記起訴状の記載によれば、「自動車運転者としては、酒に酔つて車を運転すれば、前方注視・障害物の避譲等措置の万全を期し得ず、正常な運転が出来かねるので運転を断念するは勿論」……「酒の勢にかられて高速である時速六〇キロメートルで左折せんとした過失により」と記載され、飲酒酩酊による無謀操縦そのものが本件事故の過失の内容をなすものとの前提の下に起訴した趣旨であることがうかがわれるから、このような場合においては、右酒酔い運転の罪と業務上過失致傷の罪とは本来刑法第五四条第一項前段の想像的競合の関係にあるものと解するを相当とし、(東京高等裁判所第八刑事部昭和三五年五月三一日判決高裁判例集一三巻五号三八五頁、同上高等裁判所第六刑事部昭和三八年八月二七日判決、下級裁判所刑事裁判例集五巻七八号六六七頁各参照)、そこで、一罪の一部である右酒酔い運転につき無罪であることは前述のとおりであるけれども、主文においてはその無罪の言渡をしない。

(情状)

被告人はさきに無免許で昭和三七年五月一三日小型四輪貨物自動車を運転し、徳島県那賀郡上那賀町大戸字登りコツ付近の山林中の左端が崖をなしている山道を進行中、重大な過失により右貨物自動車を崖下に転落那賀川の淵に沈下させ、右自動車の助手席に同乗していた二名を溺死させ、二名に傷害を与えた事実により昭和三七年一一月二〇日徳島地方裁判所阿南支部において禁錮一年三年間執行猶予の判決言渡を受け、右判決は同年一二月五日確定し、本件犯行当時その執行猶予期間中のものであつたにもかかわらず、無免許でしかも酒気を帯びて本件自動車の運転を敢てし本件事故を起すに致つた点よりみると、被告人はさきに執行猶予の言渡を受けたその裁判の意義につき充分自覚し反省したものとは認めることができず、さきに重大な死亡の結果を生ぜしめた後、なお飲酒の上同種犯行を重ね、三名に傷害を与えているものであつて、被告人には遵法の精神に著しく欠け、交通事故の惨害を知悉していながら人の生命等に対する敬虔な尊重の念が乏しく、その態度自体には因果の赴くところ重大な危険を惹起させかねない犯罪性を看取し得る。そこで、右情状にかんがみるときは、本件犯行に対しては実刑を以て臨み、それによつて改悟せしめることを相当と思料するので前記刑に処したものである。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 林田益太郎)

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